ナラティブRBA奨励賞
2021.12.312021年 ナラティブRBA賞受賞 ゆかりの杜 関内 利奈 さん
1本の体験利用の問い合わせより、Mさんとの出会いが始まりました。
Mさん:「俺の事何歳だと思う?大正15年4月1日生まれ。94歳!」
職員 :「4月は過ぎたので95歳ではないですか?」
ご本人:「馬鹿言ってんじゃないよ。俺そんなになってねえよ」
恒例の挨拶です。現在、アパートに1人で暮らされ、週2回のヘルパーとゆかりの杜を週2回ご利用されています。
とは言え、ゆかりの杜に来るのはご本人のご気分次第です。
以前は別のデイサービスを利用されていましたが、朝のお迎えが早い事やヘルパーの送り出し、
ドライバーの方に行こう行こうと誘われると意地になり「行かない!」とご利用には繋がらなかったとの事です。
しかし、ご自宅のお風呂は壊れ大家に修繕をお願いすると「高齢だから一人で風呂に入って何かあったら困る。直すなら出て行ってくれ」と話されたそうです。
入浴ができない為、髪の毛、髭は伸び、言葉は良く無いですが出会いの第一印象は山にこもって修行をしている仙人のような佇まいでした。
ケアマネージャーより今回は利用に繋げたいとのことで、ゆかりの杜のご利用が始まりました。
朝のお迎えは10時過ぎです。大体はお布団の中で休まれており、挨拶後のMさんからの返答は
「来てもらったのに申し訳ない。腰も膝も痛い。今日は勘弁してけろ。お母ちゃん達がもうそこまで迎えに来てる。行くのはあの世しかない」とお断りの言葉です。ここからMさんと私達スタッフの対話の時間になります。
職員 :「あらら、体の掻き傷が酷いですよ。痒いんじゃないですか?看護婦さんに診てもらいましょう」
ご本人:「いいよ。大したことないし風呂に入らなくても死にはしないよ」
職員 :「心の声⇒(確かに・・・)」
ご本人:「角館知ってる?秋田県仙北市角館字・・・・。兄弟は・・・」
職員 :一緒に兄弟の名前を話します。
ご本人:「もう三日も何も食べていない。寿司が食べたい」
職員 :「お寿司かって行きませんか?」
ご本人:「ここで食べたい」
職員 :「・・・」
職員もすっかり覚えるほど聞いた、生まれ故郷の秋田県の話、ご家族の話し、無免許で車を運転し材木の運搬をしていた話などたくさん教えてくださいます。
職員の平均滞在時間は45分。他愛もない話をしつつ、タイミングを見てお誘いし、お断りされれば「また来ますね」と退室してきます。「勘弁してけろ」この言葉が出るとご利用されることはありません。
それでも、なぜ時間を掛けお話するかと言うとご本人が話される言葉にあります。
「こんな年になって、誰にも迷惑かけたくないんだよ。こんな年寄りのところに誰も来る人なんていないし、子供にも会ってない。生きてる兄弟がどこにいるかも分からない。
みんなあの世で待ってんだ。あんた達には悪いと思ってるよ。いつも来てくれて。あんた達しか俺のところに来る人いねえよ。ごめんね。申し訳ない」と、
時には涙を流しながら退室する職員を見送って下さいます。
本心は毎回来ていただきたいと思っていますが、一人暮らしを心配している職員がいる事、ゆかりの杜に来ても迷惑にはならないこと、いつでも来れる場所があること、
待っている人がいるとお伝えする為、お休みされた際は振り替え利用のために週3回程顔を出し、時間を掛けて関わりを積み重ねています。
ご本人が希望された時には大好きなお寿司とコカ・コーラを買って(ケアマネージャーより許可をいただき)美味しそうにゆかりの杜で召し上がっております。
8月にケアマネージャーより担当者会議に参加して頂けないかと連絡がありました。内容はまもりーぶさんがヘルパーの買い物用として置いていくお金が無くなっていることが増えたという事です。
また、ケアマネージャーに報告せず代金を立て替えていた為にヘルパーが盗ったのではと疑われたり、立て替えた代金が回収できていないというトラブルもあるというお話でした。
その為に「金銭管理が全くできていない。もう一人暮らしは無理です。入所を考えて下さい!」とヘルパーより連絡があり、「本当にそれしか無いのでしょうか。本人の気持ちを皆さんで確認したいのです。
なるべく参加いただけますか」との問い合わせでした。担当者会議当日はケアマネージャー、生活保護課の方、ヘルパー、まもりーぶ、ゆかりの杜が参加しました。
何となく険悪なムードが漂っていますがご本人はお構いなしに「角館行ったときある?」といつも通り話し掛けて下さいます。
「俺のこと話してんの?さっぱり聞こえないんだ」と話された為、お金や買い物をどうするかなど決まったことをお伝えしていきます。最後に生活保護課の方より「Mさんが施設に入りたいというのであればお手伝いは出来ます。
しかし、行きたくないという所に行けとは言いません。どうしたいですか?」との質問に「皆は出て行ってほしいと思ってるんだろ。でも、もうどこにも行けないよ。ここが家だもの。
ばあさんもいるし、死ぬまでここにいる」と自分の想いをしっかりと話してくださいました。
ようやく緊張の糸がほどけた空気感が流れました。「Mさんの気持ちは分かりました。では、ここで暮らしていけるようお手伝いしますね」と会議は終了。
今回の担当者会議は、法人としても大事にしている【権理】がどのようなものなのか問われた時間だったように思います。
金銭面トラブルが増えた為に在宅での生活が難しい・・入所の選択しかないのか、それは私達だけで話しあうことなのか。
Mさんと関わる皆さんがMさんのことを想い、話し合いの場を作り【権理】についてMさんにも参加いただく。話し合いの最後に生活保護課の方が話された言葉が1番心に響く言葉だったと思います。
ご本人が望むことはお手伝いするけれど、望まないことを勧めることはしない。何よりも大事で、決して私達が忘れてはいけないことだとMさんとの関わりを通し教えていただきました。
Mさんは相変わらず、お布団の中で職員を迎え、来たり来なかったりの日々です。それでも職員の名前を憶えて下さいました。兄弟で一番怖い姉様と職員の名前が一緒なのです。
「○○は怖いんだ・・・○○怒るなよぉ・・・」これも口癖ですが、巡り会うべくして巡り会った特別なご縁を感じてります。
紅葉が始まる今は「角館の山行ったときある?キノコがいっぱいなってんだ。採りに行きたい。
春には土手に咲く桜をあんた達に見せてやりたい。俺たちが大人に怒られながら植えたんだ」と話され、角館への一日ドライブを計画中です。
職員 :「角館行ったら何しますか?」
ご本人:「とりあえず、美味いもん食いてえな」
職員 :「きりたんぽとかですか?」
ご本人:「あんなの食わねくたっていいよ。もっと美味いのあるんだ。はっはっは」
ご自宅での生活と共に、これからもMさんとの物語は続きます。