ナラティブRBA奨励賞
2018.08.302018年8月ナラティブRBA賞受賞 介護老人保健施設いずみの杜 熊谷 明子 さん
「Kさんとの物語」
Kさんは85歳の女性です。
私がショート担当になった初日、緊張しながら利用者さんに挨拶に回っていた時に、「初めで見る顔だなぁ。どっから来たの?」と声をかけて下さったのがKさんでした。
Kさんは2度目の脳出血の後、グループホームへの入所待ちでショートステイを利用されている方です。
H9年に1度目の脳出血、H18年、20年には左右の膝関節の人工関節置換術の手術を受け、H30年2月に2度目の脳出血で倒れてから右麻痺が残りました。
両膝の手術をされてからも畑仕事したり、ご主人の運転で買い物やカラオケ、ドライブなどに出かけていたそうです。
「農家の仕事は大変なこともあったけど、おじいさんといつも一緒にいられだがら、なんてことはながったよ」
「結婚した頃は、親はもちろん妹だちも家に居だがら、二人で一緒に外仕事してんのが楽しみだったんだ~」と嬉しそうに話されました。
現在、ご主人はグループホームに入所され離ればなれのため、Kさんの居室の壁には大好きなご主人の写真が何枚も貼られています。
「いい男だべ~。頭が良くて優しいんだ~」涙もろいKさんはいつもご主人の話をされる時は涙を流されます。
離れている寂しさなのか、今までのことを思い出しての涙なのか、ご自分でもよくわからないんだと言いながら笑みも浮かべます。
それほどまでにご主人のことが大好きなKさん。
時々、ご主人が同じフロアにいると思って話されることがあり、「どれ、おじいさんのとこに行って来るかな…。どれや…」と掛け声をかけてベッド柵につかまり、起きようとすることがありました。
Kさんがいるのは仙台、ご主人は鳴子で、今は別々のところに住んでいることをお伝えしても、「何言ってんの~。反対の廊下のほうの部屋にいるから」と言われるため、
車椅子で散歩をしながら居室を見に行ったこともありました。
ご主人の入居されているグループホームへドライブに行ってみよう…という話も出ましたが、鳴子のためなかなか調整がつかず数日が経ちました。
ある日、スタッフの提案でご主人の入所しているグループホームに電話をかけて、ご主人の声を聞かせてあげようということになり、事務室の電話で連絡を取りました。
「もしもし、おじいさん。変わりないですか?」とても嬉しそうに笑顔で話すKさんを、幸せな気分で見守りました。
誰もが二人の世界にしてあげたいと思ったのか、そっとその場を離れていきました。
それでも数分も過ぎると受話器を持つ手が疲れてきたようで、気づくと受話器の耳に当たるところが口もとまで下がってきて、
「おじいさん、さっぱり聞こえませんよ。 大きい声でしゃべって下さい」とこちらが思わず笑ってしまうことがありました。
そのため、スタッフが代わりに受話器を持ち、もう少し話ができました。
「よかった~。声は変わってなかったし元気そうだった。ありがとうございました。今度、鳴子から会いに行くからと言ってたよ!」とKさんは嬉しそうに話して下さいました。
Kさんのために今、何ができるのか。
居室にご主人の写真を貼ったら、喜んで下さった。
でも、ご主人に会いたい。会わせてあげたい。
せめて声を聞かせてあげたい。
電話をかけるということは特別なことではないかもしれないけれど、入所されているグループホームの理解をいただき、ご主人の声を聞くことが出来た時のKさんの嬉しそうな笑顔。
そんな笑顔を引き出すために日々、関わっているスタッフのひとりとして暖かく幸せな気持ちになれたその場に立ち会えて本当によかったと思いました。
Kさんは8月21日に退所され、無事にご主人と同じグループホームに入所されました。
Kさん、ご主人といつまでも仲良くお過ごし下さいね。