ナラティブRBA奨励賞
2018.11.302018年11月ナラティブRBA賞受賞 グループホームあおばの杜 佐藤 雄 さん
Hさんとの物語は一本の電話から始まりました。
「いつ頃入れますか?」
あれは4月の初め頃だったと思います。
ご家族・ケアマネさんから薦められ、ご自分で利用申し込みをされたHさん。
どの部屋にするか、居室内の設備、日当たり、トイレの有無、何度かの見学を通して、4月23日遂に迎えた入居。
入居日当日も私が選んだ部屋はここではない!と最後の最後のまでお部屋の検討を重ね、Hさんと共に過ごす日々が始まりました。
入居してからというもの、在宅に帰れない悔しさが募るばかりの様子で、「佐藤さんちょっとお話が…解約届け頂けませんか?」。
ケアプランについての説明を行うと「この書類に署名をするということは、もう此処から出られないということですか?」
その場を取り繕う声掛けしか出来ないまま日々が過ぎていきましたが、少しずつHさんの想いに向き合えるようになっていきました。
・自宅に赴く機会を月に何回か設け、自宅の整理や掃除
・通い慣れた美容室への外出。(店長との声の掛け合いは永年連れ添った夫婦のような絶妙なやり取りです)
・同窓会への参加。(久しぶりにみんなに会ったと本当に喜んでいました)
・教え子との交流の継続(何カ月に1回のペースですが、このときばかりは背筋もピシッと伸び、Hさんの表情もどこか誇らしげ。)
・得意の歌の披露だけでなく、ピアノの伴奏を行い歌の会の盛り上げ役から進行までとマルチな活躍。
Hさんの想いを一つ一つ実現していくことで、Hさんの心にも徐々に変化が見えてきました。
しかし、自宅に帰りたい。帰れる。という気持ちは色褪せることなく日々押し寄せ、抱える不安や憤りを私達に吐露されていました。
家に帰りたい理由は至極当然で、
・入居費用を支払いながらマンションの管理費等も支払うことでお金が工面できないのでは?という不安。(実際は年金の範囲内でやりくり可能です)
・3LDKのマンションと比べてしまうと圧倒的に狭い居室の広さ。
・勉強したい・習い事をしたい、自分を高めたいという欲求を満たせない現状等々。
そこで御本人が常々口にしていた「シャンソンを習いたい」という想いを形にするために、仙台市内で高齢者の方を対象にしている教室を探し周り、
料金設定なども考慮しつつ辿り着いた「NHK文化センター仙台教室」。しかし8月20日当日を迎えるにあたって、ご本人は最後の最後まで行くかどうかを悩みぬいていました。
「行きたいとは言ったものの今の自分に歌うことは出来るのか?」
「行ったところで恥をさらすだけではないか?」
と話されるHさん。
自ら願い、選び、出した答えであっても怖気づいたり、二の足を踏んでしまうことは誰もが経験することかと思います。
軽はずみな想いではなく真剣になればこそ迷いも生じてしまうのかもしれません。
勿論Hさんは本気です。教室に通うために自宅に行き服を準備したり、計画を立てて以降は日課である自室での歌の練習も熱を増していきました。
そして前日の夜、不安に襲われ「やっぱり行くの辞めようかと思うの…」と話されていましたが、私達に後押しされて迎えた当日。
帰ってきたHさんは「楽しかったよ。」と、教室での出来事を満足げに話して下さいました。
同じ教室に通う受講生の方は年下の方が多いようですが、つい最近まではHさんよりも年上の方も通っていたというから驚きです。
それからというもの、自室でお手本となる先生の歌声が入ったテープを聞きながら練習漬けです。熱が入りすぎて夜も続く練習に隣の入居者さんからご指摘も…。
これから週1回シャンソン教室に通う日々が始まりました。「行ってきまーす!」「ただいまー!」「今日は上手く歌えたね」「次の課題曲は○○~」と楽し気に話す姿は見慣れた光景になってきました。
そして先日行われた10月26日、いずみの杜での発表会。
今までの練習成果を。とHさんも、そして私達の意気込む熱も最高潮です。
Hさんの中では何度か中止になったようですが(勿論Hさんの勘違い)、昼夜練習を重ね、伴奏者の方との日程調整(シャンソン教室の伴奏者の方が発表会のお手伝いを快く承諾して下さいました)
自宅にドレスを取りに行き、サイズが合わないからと仕立て屋を探し・・・。
晴れて迎えた当日の緊張感は観てるこっちにも伝わるくらいで、でも堂々と。段々と声が出てきましたね!と感想を伝えると、「途中でマイク変えたから。最初のは壊れてたんだよ。」
・・・・。そうでしたそうでした。その後のHさんは本当に満足そうにされていました。