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震災復興メール
2012.01.12
西城史

2年前の正月は三陸自動車道で4tトラックに追突され、そして昨年の大晦日には走行中にエンジンから煙があがり、エンジンがこんがり焼けてしまうなど、年末年始に何かと起きてしまう事業支援室の西城です。
昨年を振り返ると忘れることの出来ない震災がありました。それまでは、出身を聞かれ答えても「南三陸町(志津川)?・・・ってどこの辺り?あ~ぁ気仙沼と石巻の間だっけ?」と言われていた故郷もあの日以来「あら~大丈夫だったの?」と言って頂けるほど、すっかり知名度が上がってしまいました。最近では出身を答える時に一瞬ためらってしまいます。幸いにも実家の家族は助かり高台に建っていたことで家も流されませんでした。ただ親戚や友人の家族など多くの方々が犠牲となってしまいました。幼い頃に親戚のおじさんの結婚式で私が花束贈呈をした綺麗な花嫁さんだったおばさんも未だに帰ってきていません。昨年11月末に遠洋漁業をしている父(私が生まれる前から、1年のほとんどは漁に出ています)が帰ってきてきました。昨年の1月に日本を出航し、あの3月11日の日は遠い海の上で操業中でした。当日の船での様子を聞いてみました。操縦室には日本のラジオが常に流れており、地震発生直後たまたまラジオ聞いていた乗組員の方が、ただ事ではない事態に慌てて皆を呼びに行き、手を止めラジオをずっと聴いていたそうです。「高台に実家があるし家に居れば大丈夫だろう」と思っていた父ですが、津波の高さが時間が経つごとにどんどん高くなってくるニュースを聞き最悪のケースを考えていたそうです。何度も家族皆に電話をかけていたみたいですがすぐには繋がらず、4日経ってやっと私の奥さんの携帯電話に繋がりました。父が帰ってきて、家族皆で集まって食事をしたのですが、「誰一人欠けることがなくて本当に良かった」との父の一言に改めて生きていることへの幸せを感じました。
悲しい別れもありましたが、新しい出会いもありました。8月に希望の杜から異動となり、泉地区の皆様そして他の地区(事業所)へもお邪魔させて頂く機会も増え、今までお会い出来なかった職員さんともお話が出来る時間を頂きとても嬉しかったです。そして支援室の皆様との出会い。そして・・・本当は誰よりも心優しい我らのボスの小林さん。弱点がないのではないかと思うほどの才色兼備の由香さん。その由香さんを心から尊敬(好きでたまらない?)し皆から愛されるミラクルガール武田さん。その3人がいる企画部チームと出会えたこと。
震災のことは心に刻み、年末には良い1年だったと思えるように頑張って新たなる年をスタートしたいと思います。
「今日調子悪いから病院休むがら運転手さんさ言っててけさいん」と朝電話をかけてくる診療所の送迎車で外来にやって来るおばあちゃんや、診察の順番など自らで決めてしまう、けして家族ではないが半数以上の方の名字が児玉ということで児玉一家という愛称で呼ばれるスーパーおばあちゃん軍団などをはじめ、希望の杜時代に関わらせて頂いた、じいちゃん・ばあちゃん達は元気かなぁ~とパソコンを打ちながらふと懐かしくなる西城でした。
皆様今年も宜しくお願い致します。

 

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